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日本最大の石造大仏が鎮座するという鋸山日本寺(正確には乾坤山日本寺)に行った。 大きな大仏といえば思い出すのが奈良の大仏(高さ約18m)だが、それを更に上回る大きさ(高さ約31m)なのである。奈良東大寺の大仏は如来の中の如来である盧舎那如来の姿であり、こちらの日本寺は薬師瑠璃光如来の姿であるという違いはあるが、いずれも聖武天皇の詔勅により建立されたという点では同じである。また、乾坤山日本寺は奈良時代の大僧正行基によって開山されたとのことであり、由緒正しい寺のようである。 乾坤山の乾坤とは八卦で西北、西南を示すという。確かにこの山は房総半島の中でも富津岬、館山の洲ノ崎に次ぐ西端に位置している。 大仏自体は奈良時代からあったというわけではないようで、浅間山大噴火や天明の大飢饉があった頃の天明年間(1780年代)に大野甚五郎を棟梁とする工夫達により造られたという。その造り方というのも、鋸山の岩肌を彫刻して造ったのだという。鋸山は、海底に火山灰が堆積して出来る凝灰岩であり、地質としては極めて柔らかいということもあり、江戸時代末期までにはかなり風雨に晒されて侵食が激しい状況であったところ、昭和になってから復元されたのが今に見る石造大仏だという。 この寺の特徴は3点。 ひとつに日本最大の石造大仏が鎮座しているということ。 ひとつにゴツゴツとした鋸山(正式名称は乾坤山)全体が寺の境内となっており、そこを巡るのにも階段のアップダウンをよいしょ、よいしょと歩いていかなくてはならないこと。かなりの運動量であり、運動不足の私は、思い切って境内を1周したものの、余りに張り切りすぎて、翌日には足全体が筋肉痛になってしまった。 ひとつに、展望台からは、東に房総半島、西に東京湾、三浦半島を望むことができるという絶景を楽しむことができること。海岸に迫ったところに鋸のように切り立った山が聳えているという地形が、また格別の展望スポットを提供している。今回訪れた際は天気も良く、素晴らしかった。 日本寺には外国の方も訪れていた。日本最大の大仏ということと、その名も日本寺という国号を冠しているということ、東京からのアクセスもアクアラインを使えば、後は富津館山道のインターチェンジ(富津金谷または鋸南保田)から至近距離であること等から、東京近郊の観光地としてのターゲットに入ってくるのだろう。 <山頂展望台から望む浦賀水道> 眼下に広がるのは保田の市街地。展望台はもう一箇所、十州一覧台というところがある。十州とは、安房、下総、上総、常陸、上野、下野、武蔵、相模、伊豆、駿河を言う。群馬県、栃木県辺りを指す上野、下野まで本当に見えるのかどうかは定かではないが、関東平野を展望できる有数のスポットであることは間違いないだろう。 <展望台のそばにある切り立った崖(通称:地獄のぞき)> 房州石の中でも最高級とされた鋸山の金谷石の採掘場跡が断崖を形成したという。 <地獄のぞきの底> そこは何とも不思議な異空間の雰囲気を醸し出していた。 地獄のぞきの底を進むと百尺観音がある。造られたのは最近(昭和40年代)になってからとのこと。石造大仏と同じく高さ30m級を誇る。 <羅漢石造> 日本寺にはあちこちに羅漢の石造がちりばめられている。ひとつひとつの表情に個性があって面白い。 <あせかき不動> 暑い中の鋸山巡りはある種の修行のようでもある。汗だくになってしまったところに、「あせかき不動」なる石造に巡りあった。汗だくの私達を救ってくださる? |
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